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<title>予感</title>
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2012</copyright>
<lastBuildDate>Sat, 10 Dec 2011 02:55:32 +0100</lastBuildDate>
<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 10:28:30 +0100</pubDate>
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<title>862：青</title>
<description>ファッション関係者に送られる招待状を、知り合いを通じて手に入れて、プライベートバーゲンに行って来た。行ってみてビックリしたのは、女性用の服しかなかったこと。仕方ない、お土産でも買うかなと切り替えて、せっせと女物の服をあさり始めた。すると、TABUBA というあまり有名じゃない高級ブランドが、男物の靴だけを販売しているのを見つけた。なんだかすごくかっこいい革靴が並んでいる。全て250ユーロ。決して安くないが、ものすごく惹かれた青い革靴が一足だけあって、それが自分の足にぴったりだったから、つい買ってしまった。後から調べたら250ユーロでも半額以下。生まれて初めて、上等な靴を一足手に入れた。 ここ１年くらい、お仕事もそれなりにうまくいって、やっと社会人らしい生活ができるようになってきた。そこで、洋服も時々良い物を買うようになった。あまり物欲が強くないほうだけど、「これほしいな」と思うような服はどうしても高い。自分の薄給では手が届かない。そこであの手この手を駆使して、こういったプライベートセールの招待状などを手に入れて、ファッション関係者でもないのにお邪魔して何か買う、というようなことをやっているのである。 僕の給料では、とても５００ユーロ以上するような服は買えない。だから、頑張って探して、半額以下の時を狙う。そうやってコート、鞄、靴を手に入れた。 今日、そのTABUBAの靴を眺めながら、とあることに気づいた。この靴は青い。昨年購入した立派な革の鞄も青い。コートも紺色。そう、すべて青色系統なのだ。 僕には思い当たる節があった。 幼い頃、どういうわけか、僕の中で青はかっこいい色だった。男子は青、女子は赤、という変な教育方針が影響していたのかもしれない。理由はどうあれ、僕は青が好きだった。 当時の僕は自分に自信がなくて、いつも色々なことに怯えていた。自分に自信らしいものを少しづつ感じ始めたのは、高校を終える頃だ。それまでの人生で、自分に自信などほとんどなかった。自分に自信が無い時から青が好きだったが、あくまでも青は「かっこいい」色だったので、自分を「かっこいい」と思えなかった自分は、自分を「僕は黄色だ」と思い込んでいた。だから何事にも黄色を積極的に選んだ。黄色は嫌いな色だったが、自分は青ではない、所詮は黄色なんだという思いがあったのだ。今考えると、黄色は青の補色であるから、科学的にもその判断は妥当だったのだ。 大人になった僕は、少し自分に自信を持つようになった。やればできるじゃないかと、自分を鼓舞しながら日々の仕事をしている。だから、今の僕は青にふさわしいのだ。青にふさわしいような大人でありたいと願っているのだ。 だから僕は、何かお金を出して買うような時は、必ず青いものを選ぶらしい。...</description>
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<pubDate>Sat, 10 Dec 2011 02:55:32 +0100</pubDate>
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<title>860：311から６ヶ月</title>
<description>311震災からちょうど半年。あの日から、僕の人生は今までと全く別のものになった。 海外に出た日本人は、日本人とは何かと自問する機会が多いと思う。安部公房も東欧を訪れた際、海外旅行とは自分との対話に他ならないという言葉を残した。内部にとどまった人にしか分からない文化があるように、外に出た者にしか分からない側面がある。僕は移民一世として、やはり日本とは何か、日本人である自分とは何かを常に考えて生活してきたつもりだ。 そんな海外生活も８年目を迎えた時に突如勃発した原発事故。僕の頭の中で築き上げて来た自分なりの日本像は、自分の想像を遥かに超えて、具体的な姿を表した。人生が１８０度反転してしまうほどの衝撃だった。ここまで問題の根が深いとは、さすがに想像できなかった。 そういえば、最近こんなことをツイートしたが、この呟きが僕の驚愕の流れを一番端的に表している。 「福島爆発。それでも安全という政府に天地がひっくり返るほどビックリして、皆大してビックリしてないことに更にビックリして、危ない逃げろって言ったら非国民だの風評被害だの誹謗中傷されて更にビックリして…」 この呟きを読んで、もしあなたが、僕の言いたいことに賛同できないようなら、今すぐにこのページを閉じてほしいと思う。なぜなら、原発事故は僕にとって踏み絵だから。この原発という壁は、宗教問題に似て高く厚い。この壁を隔てた手前と向こう側では、道徳観にあまりに差がありすぎて、両者の溝は血を流しても埋まらないと思う。共存を最優先し、権力に屈するばかりが立派な市民であった時代は、311で終焉を迎えた。 半年経った今、僕はやっとあの頃のメールなどを見直す気持ちになった。あの頃、心臓が飛び出そうなほど感情を揺さぶられたこと。それは、同胞の危険を案じ助け舟として原発事故の情報を転送したことで、逆に、僕が風評被害の元凶として身近な人たちに散々叩かれたことだ。 政府が「原発事故による健康被害はない」などと犯罪的な嘘で国民をなだめようとした際、情報に疎い国民の多くがそれを信じ込み、逃げようとすらしなかった。それを見た反原発の急先鋒、広瀬隆が3/17にテレビ朝日に出演した際、政府の公式情報と全く逆のことを主張し、文字通り全方向から叩かれた。僕がそのビデオのリンクをフェイスブックに貼付けたところ、知り合いから届いたメッセージがこれだった。 「こういう自称反対派が福島の、風評被害を齎し、日本の状況を無自覚に悪化させていることがわかりました。」 フクシマ原発が爆発したという文字を見た時、そして爆発の映像を見た瞬間、僕は世界が終わったと思った。あぁ、故郷がなくなってしまうんだと思った。地獄の黙示録。なのに、周囲は冷静だった。これほど驚異的な天変地異を目の前にしてパニックにならないなんて、日本人はなんて尊いんだ！という気持ちも一時的に沸いて来たが、その気持ちはすぐに消え去った。あの時、原発が事故を起こしたというのがどういうことか、ほとんどの人が理解できなかったということが分かって来たからだ。大津波が前から来たら、後ろに逃げるのが動物の本能だと想っていたが、文字通り放射能は目に見えない。せっかく、爆発なんていう分かりやすい劇的状況を伴っての事故が起こったというのに、あれを津波のように恐れるべき事象として捉えられなかった人が、本当に多かったということなのだ。「原発事故は健康に被害を及ぼさない」という、白骨死体を前に「彼は生きている」と言われているような明白な嘘をつかれ、国民は、あぁそんなんだ、この白骨死体は生きているんだ、と信じ込んでしまった。 あのタイミングで広瀬隆がテレビに出ていなかったら、果たしてどれだけの人が無駄に被爆したことだろう？原発に数十年も反対してきた人間だから言えた、的確なメッセージ。嘘も偽りも誇張もない、恐ろしい現実だけが淡々と述べられているだけである。なのに、彼は叩かれた。彼に賛同する者も叩かれた。 僕は、愛する人たちだけでも逃げてほしいと願った。原発事故の何たるかを説明している暇はない、世界の終わりが近づいているのかもしれない。僕は、家族や、親友や、昔の恋人にメールを書いた。 そして、身の回りに意見を異にする人がたくさんいることを知って絶望した。 －風評被害を拡散させる反乱分子。 －原発で発狂した哀れな「原発病」患者。 －海外の過激メディアに踊らされる無邪気な日系移民。 いろいろな表現で、とにかく僕が間違っているんだと、色々な人が諭そうとした。無理もない。テレビはもちろん、新聞だって、「頼れるメディア」は皆、原発利権を享受する側にいて、彼らに不利になる情報を自ら流すようなことはないから。自分で必要な情報を見つけてくる能力のない人間は、簡単に世論操作の罠に引っかかり、正義としての世論を作り上げてしまう。テレビしか見ない人から、「インターネットで変な情報を見つけて信じ込んでるだけだ」なんていう批判も多く受けた。 ８月の終わり、知人からこんなメッセージが届いた。 「結局、福島の原発関連の話はフランスの情報が正しかったと思うよ。あの時は、みんな日本政府を信用していたけれど。」 僕が流していたのは、フランスの情報だけではない。日本でも、政府の言うことが全くの嘘であることを見抜いている良心的な専門者たちが、新しいメディアを通じて色々な形でメッセージを発信していた。だが、その情報を手にすることができたのは、ほんの一部の人間だけだった。手に入れても、「頼れるメディア」を信じ込んでいたせいで、そういう意見には耳を貸そうともしなかった。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Mon, 12 Sep 2011 17:20:33 +0100</pubDate>
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<title>[589]撮影近況</title>
<description> 今週はGEMOのテレビCMで撮影監督DPやりました。GEMOというのは、日本でいうファッションセンターしまむら。郊外型の洋服量販店。照明がすごく良い感じにきまったので、これがGEMO？って言ってもらえるような、いい映像が撮れた感触。気を良くしたプロデューサーが、フェイスブック用にツーショット撮りたいということで、ハイチーズ。準備は大変だったけど、終わってみると何事もなかったかのよう。 夏休みを直前に控え、仕事が順調だ。新しい制作会社から頻繁に連絡が入り、６、７月は撮影の予定がいっぱいで、サラリーマンみたいに毎日仕事した。あと２週間で岡山。楽しみ。 相変わらず原発関連の情報集めは怠らないようにしてるし、そういう反原発団体の集会に行ったりもするようになった。もうすぐ３０歳。人生を頑張ろう。...</description>
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<pubDate>Fri, 22 Jul 2011 11:09:28 +0100</pubDate>
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<title>859：ナウシカ</title>
<description>物を書く、という習慣がなくなってきてる。かわりに、物を撮るという習慣がついてきてる。物を書いて、それを撮る、という習慣ができるような日が来たら、それは本当に素敵な毎日だなぁと思う。震災直後かなり落ち込んでいたせいか、ぱたっと仕事が途切れたような状態になったが、最近はお客さんも戻って来て、連日撮影で忙しくしている。低予算映像のマーケットでは、そこそこパリで名前が売れて来たような気もする。 地震から３ヶ月たった。３ヶ月たったが、解決の糸口は一向に見えない。戦争を知らない僕らにとって、こんな異常事態は初めてのことだ。新聞に「全滅」なんていう言葉が踊る日が来るとは思わなかったし、チェルノブイリよりも恐ろしいことが現実になるなんて、もちろん思わなかった。 夢ならさめてほしいと毎日思う。今日も思うし、明日も思うだろう。原発事故が死ぬまでに解決するようなことはないだろうから、残りの人生全て、夢ならさめてほしいと思い続けることになるわけだ。原発がこれから多くの不幸を招くのは、どこにも書いてないけれど明らかな事実なのだ。きっとその中には、身近な人たちが含まれるだろうし、もしかしたら、自分が含まれるかもしれない。「とは言っても、何とかなるだろう…」と無意識に信じたくなる自分がいるけど、少し立ち止って考えると、重い現実が立ちはだかる。現実は、あまりにも厳しい。原発事故と無縁に過ごしてきた日々は、もう戻らない。 震災後初めて、日本人街に立ち寄った。行く度に購入する納豆をみてみると、どれも茨城・栃木産である。中に、2011年2月製造のものがあったので、３個入りを３パック買った。もう、パリで納豆は食べられなくなるのかな。きっと日本のスーパーでも、今までと同じように食品がきれいに並べられて販売されている。なぜ流通を停止させないのか本当に怒り狂ったものだが、今となって思うのは、それは、空気が汚れているからと息をするのを禁止するのと同じようなことなのかもしれない。 生き残るための切符は、危険への知識だけということになる。白線の内側にお下がり下さいと、何か危険なことがあれば絶えず警告されて育って来たが、本当に恐ろしいことを前にした時、警告してくれる権威なんてどこにもない。生き残るすべを知っている人間だけが、黙って白線の内側に下がるしかない。危険など叫べば叫ぶだけ煙たがられるだけである。 今日また、『風の谷のナウシカ』を観た。もうこれで何十回観たのか分からないし、一生映画のことを考えたいと思うようになったきっかけも、この映画があったからかもしれないなと思う。３１１以後、この映画の見え方は全く違った。かつて遠い国のおとぎ話だったものが、今では、あまりに現実的すぎる。腐海の底に未来を託し、僕らは自分たちで汚した土の上で生きて行くしかない。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2011 23:30:14 +0100</pubDate>
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<title>857：核戦争</title>
<description>今日もまた、営業さぼって原子力資料情報室CNICのストリーミング講義を聴く。 この原発事故の恐怖というのは結局、核戦争の恐怖。人間の過ちで発生する可能性のある災害は、まさかと思ってもいつか必ず起こる。その時もこうやって、ストリーミングで素敵な科学者たちの声を拾って、汚染されているとは思えない澄んだ空気を吸い込みながら、ただただ虚しい気分になるんだろうか。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 13:15:42 +0100</pubDate>
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<title>857：核戦争</title>
<description>今日もまた、営業さぼって原子力資料情報室CNICのストリーミング講義を聴く。 この原発事故の恐怖というのは結局、核戦争の恐怖。人間の過ちで発生する可能性のある災害は、まさかと思ってもいつか必ず起こる。その時もこうやって、ストリーミングで素敵な科学者たちの声を拾って、汚染されているとは思えない澄んだ空気を吸い込みながら、ただただ虚しい気分になるんだろうか。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 13:15:42 +0100</pubDate>
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<title>856：武器を手に</title>
<description>２０１１年３月１１日以前の日本に戻り、原発の危険性を叫びたい。だけど、手遅れだ。大量の放射性物質は既に空気を、土を、水を汚した。そして被災地から届く膨大な映像。日常生活の中にいては、人々の悲しみに想像力が追いつかない。 こういう事態になってしまって、僕が一番に覚えた感情は、怒りだった。人類の欠点をあざ笑うかのような自殺装置としての原子力を前に、僕らはただただ愚かである。核の膨大なエネルギーは、国家の軍事力を潤わせ、一部の民間人に金をもたらし、権力者はこれを守るために非情な情報統制を行い、どんな正論もたちまち木っ端微塵に吹き飛んでしまう。「危険だからやめましょう」という、一見当たり前のような意見が、なかなか通らない。日本で福島第一原発のトラブルが起こってしまった今も、原発を推進してきた人間たちの話を聴いていると、原発をやめようという気持ちは全くないように見える。 もし仮に、原子力発電がなくなったとしても、果たして原子爆弾から脱却することはできるだろうか？残念ながら、今日まで人間の愚かさばかりを見せつけられて育った僕には、そんな希望は全く持てないのだ。よくよく考えれば、起こっても不思議ではなかった今回の原発震災が現実のものとなって、急にもたげたのが、核戦争の恐怖である。冷戦時代を彷彿させる、この核戦争という語の時代錯誤な響きが今、急に現実味を帯びて頭の中で警鐘を鳴らす。まさかそんな愚かなことはすまい、なぜなら核戦争とは、人類が自殺することを意味するのだから。お金を、権力を得るために、人の命だって問わないというような不条理があってたまるか、という想いがある一方、人間ならやりかねないという確信がある。人間の愚かさで引き起こしかねない人災は、確率がいかに小さくとも起こりうるということを、今回の原発震災が思い知らせてくれた。 政府やメディアに騙され、今まで「くさいもの」として捉えていた反原発団体の人たちの素顔が見えてきて、自分への恥ずかしさでいっぱいである。４０年も前から、人生の全てを投げうって世界のために動いていた人たちが、こんなにもたくさんいたことを、全く今日まで知らずに過ごして来た。 こんな風にわかりやすい形で、国民をまもるべき国家が、国家自身を守るために嘘をつくということを見せつけられたこともなかった。国家に帰属せず生きることはできない今の地球上で、その国家が信用できるものではないことが確証されたというのは、非常に大きな問題だ。一見して平和だった日常も実は、大きな問題と、それを隠すための虚偽欺瞞が積み積もった山の上にある。何となく漠然と抱いていたイメージが今、明瞭な輪郭線と、強烈な色彩で塗りつぶされた一枚の巨大な絵として、目の前に浮かび上がってきた。３０年かかって、何かが「意識」のレベルに到達した。問題の深さに気づかずウトウトしていた人生から、急激に両肩を鷲掴みにされて揺さぶられたように目が覚めた。 ここへ来て、人生の意義をもう一歩深く考えるようになった。僕のような人間が、書に魅せられ、映画に魅せられ、映像撮影の専門家に育って行った過程と、今日ここで覚醒したこととの関連は何だろう。僕に一体、何が出来るのだろう。暴力と金を自在に操る権力を前に、僕が手にすることができる武器は、ペンとカメラという実に平和的な機械であり、それをどう回すかは、全て自分の意識に委ねられている。絶望だらけの現実に、唯一希望を持つことができるとしたら、表現の可能性だけはまだ完全に剥奪されていないというありがたい事実だけである。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Sun, 17 Apr 2011 06:39:00 +0100</pubDate>
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<title>855：後藤政志</title>
<description>とうとう、後藤政志さんが孫氏に呼ばれ対談となった。 約２時間。 世紀の対談。 ここから世界が変わるはずだ。 そうしなければ。 ２（この動画の２分以降、第二部を観て下さい） ３ ４ ５ ６ ７ ８ ９ １０ １１ １２...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Wed, 06 Apr 2011 00:06:17 +0100</pubDate>
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<title>854：不信の時代</title>
<description>東北大地震と福島原発危機。 インターネットで見つかる大津波の映像を片っ端から観た。映像は写し方映り方で印象が変わってしまう。映像言語が変わってしまう。レンズの向こう側で、あの瞬間に何が起こっていたのかを理解するのが非常に難しい。目に見える映像と伝えられる死亡者数を元に、一生懸命想像力を働かせてみるのだが、日常とあまりにかけ離れた事態を前に想像力の堤防はあっという間に打ち破られてしまう。何かとてつもなく恐ろしいことが起こったという動物的直感だけはあるから、涙がこぼれる。想像力を大きく乗り越えられた無力感に、やるせなくなって涙がこぼれる。 そこに今回の、不吉な原発の話。放射線は目に見えないし、匂いすらないらしい。水素爆発の際に、ようやく危機らしいものが少し目に見えたが、それでも大津波の映像に比べると、見た目の印象は低い。映像言語として「危機」というメッセージを捉えることができない。原爆や、チェルノブイリという前例があってもなお、危険性が伝わりにくい。だから皆、動物的直感で怯えてはいたが、実際に格納器爆発の危機寸前だった時にも、いざとなったら動けばいいというような、のんびりしたものだった。世界中で、当事者である日本だけが落ち着いていたのは、なぜなのか。それは、日本のメディアだけが報道を「でも大丈夫です」と結んでいたからだ。流れ出る放射能を前にしても、日本だけが、「…ということですが、直には影響がないから慌てないで下さい」と結んでいる。不思議なことに、日本中がそれを信用しているように見える。 こんな話をすると、僕は身近な人たちから叩かれた。不要な悪を招く扇動者として映るようなのだ。確かに一市民としての僕の発言が、テレビでバラエティ番組の合間に繰り返される安全報告と全く正反対なのに訝る気持ちは分かる。テレビはいつも、晴天にも雨を予測し、万引き犯をこらしめ、バラエティで日常を演出してくれる市民の味方、正義の味方である。その正義に反論する僕に、冷たい視線が注がれるのは無理もない。映像言語に武装された情報操作のプロを前に、美肌クリームなどをちょろちょろとスタジオで撮影して生業を立てているような僕が歯向かっても、勝ち目がないことくらい分かっている。 テレビジョンの「テレ」の語源は、「遠い」という意味だ。すなわちテレビとは、自分は動かずとも、遠くのものを眺めることができる装置である。生唾を飲み込み、決して情報の罠にかかるまいと遠くの様子を注意をこらして眺めている。だが、実はその場所こそが、既に情報の罠の中であり、これが日常の正体である。この真実を、もっと本気で考えなければならない。 武田邦彦教授のサイトで知ったが、千葉県は２２日に採取した水が放射能汚染されている事実を、３０日にやってやっと公開したそうだ。つまり、何も知らされなかった市民はその間に被爆したわけだ。テレビを通じた安全報道は、安全という真実として受け入れられた。その結果、世間から「悪」と認知されている買い占めをする人たちだけが自分の身をまもることに成功し、その悪を批判する善良なる市民が犠牲になるわけだ。メディアは、ナイーブさから犠牲になった人たちを、今度は正義の英雄、正義の犠牲者として祭り上げるだろう。さっそく今、facebookの知り合いのページで、誰かが、「トイレットペーパーを買い占めした母を恥と思い、こっそりとスーパーに返しに行った高校生」の話を、感動的に宣伝している。お涙頂戴の茶番が早速、強引に推し進められているようだ。 何を信じ、どう行動するか。それは個人の判断力に委ねられている。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Wed, 30 Mar 2011 14:10:25 +0100</pubDate>
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<title>853：東北大地震</title>
<description>地獄が現実となった。 それでも、みんなが生きているという情報が一通りそろった。 日本時間の朝、フランスの深夜に、続々と災害の詳細が届けられ始めた。昼からずっとインターネットに絡まりついて生の情報を探している。現地にいない無力な僕に唯一できることは、祈ることだけだ。福島原発、余震、後発津波など、まだまだ不安が山積みになっている。災害を的確に分析して、二次災害を最小限に食い止め、迅速に救助を進めてほしい。 僕も寝るのが怖い。起きた時に、またとんでもないニュースが飛び込んでいたらどうしようと思うからだ。 生きていることは素晴らしい。 生きることは素晴らしい。...</description>
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<category>一般</category>
<pubDate>Sat, 12 Mar 2011 01:28:48 +0100</pubDate>
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<title>852：恐怖の縄が軋む音</title>
<description>中国にも民主化革命が飛び火して、活動家が逮捕されている。国家は第二の天安門事件という結末を思い描いて殺戮の準備を進めているはずだ。それでも、恐怖で押さえ込めた群衆は、失うものがなくなるまで虐げられた後、小さな出来事をきっかけに恐怖の縄をほどき、革命という名の牙を向く。中国ほどの大国といえど、今のままの政治が続いていくとは思えない。この世界同時革命の行方は、今後、大国中国が世界を牽引するか、世界を分断するかの大きな分岐点になりうると思う。中国の裏側で一斉に、恐怖の縄が軋む音を立てていることを祈るばかりである。...</description>
<link>http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/001034.html</link>
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<category>一般</category>
<pubDate>Tue, 01 Mar 2011 12:02:55 +0100</pubDate>
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<title>851：進み方</title>
<description>結局２月は最終日に一度書いただけということになる。いかんなぁこんなことでは。近況はといえば、正月に友達に教えてもらった iphone アプリ「touch the numbers」が面白くて、夢中になっていると遂に５秒台を記録してしまった、仕事をしなさい。 仕事といえば、仕事自体は無難にこなしているのである。仕事をくれる人がいるのはありがたいことだし、お陰で我が家の電気が灯り湯が出るわけで、文句などないはずなのだが、不満である。撮影の仕事は、ミュージシャンと同じように、「デモテープ」が勝負である。英語ではショーリールという言い方をするが、何となく日本語だとデモテープがしっくりくる。テープなどとうの昔にないけれど。いい仕事をすればデモテープに入れて、「お、いいね」ということになって、「じゃぁこれやって」となって、「これだけあげます」とお金が入る仕組みである。 何が不満かというと、まだまだ少ない給料というより、なかなかデモテープ入りするような仕事に恵まれる確率が低いことだ。パリで化粧品メーカーの仕事と言えば聞こえが良いが、その実態は例えば髪染めクリームの新商品の使い方説明ビデオだったり、派手なファッション写真撮影現場のメイキングビデオだったり、映像の仕事といって人が思い浮かべるような楽しいものかっこいいものでは決してない場合が多い。一応映画業界からの流れ者なので、大掛かりで映像的に面白いものも時々あるのだが、いわゆる「企業ビデオ」と呼ばれるマーケットにあやかって日々をしのいでいるのが現状だ。映像として面白い企画に携われないと、デモテープは何のデモ効果ももたらさない。そんなフラストレーションの日々である。 毎日が楽しいかと言われると、まぁ楽しいなとは思っている。幸せかと言われると、まぁ幸せだなぁとは思っている。それは素敵なことだけど、やはり満足できない自分がいるということは、毎日が惰性になっているということで、今すぐにでもステップアップしなくてはならない。１、２月は撮影が少ないから充電期間・準備期間と思っていたら、バタバタ忙しいまま時間は過ぎ、本番であるはずの３月まで残すところ１日、考える時間もないままに２ヶ月が終わってしまった。ブログも全然書いてない。 仕事中ではなく、仕事と仕事の合間の時間をいかに集中して充実させるかだ。何も考えずに全力疾走したり声を出したりするのは中学軟式野球部員がやればいいことで、僕が今やらなければならないのは、まず立ち止まって、どの方向にどう走っていくかを考えて、効率よく前進することだ。放っておくと息切れするまで走ろうとするのは、根が馬鹿な証拠である。そういうことを自問する時間を与えるという意味でも、ここに何かを書くというのは、何年たってもやはり大切な行為だと実感する。...</description>
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<pubDate>Mon, 28 Feb 2011 10:55:01 +0100</pubDate>
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<title>850：ばかものよ</title>
<description>最近の活動としては、 ２０１０年年末、グーグルが協賛した日産JUKEの年賀状コンテンツでフォトグラファーとして仕事しました。その結果がこちら。ゴールの時点で何もでませんが、本当はこれを受け取ったクライエントは、本人の名前が最後看板に出る仕組みです。 また、相変わらずDirector of photographyとしての仕事もこなしてます。コメディ映画の劇場用宣伝映像を撮ったり、某王手ファーストフードの内装デザイナー変更に際するイメージ映像を撮ったり。後者の撮影風景はこちら。 地下で極秘撮影。 ＊＊＊ 今週はバカンスみたいな。外で鳥が鳴いているよ。故障したスクーターの修理、マックの修理、いろいろやらなければならないことは多い。 ＊＊＊ 初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが　ひよわな志にすぎなかった 引用『自分の感受性くらい』いばらぎのりこ 新車の写真を撮ったりして、生活はだいぶ楽になった今、この単純な詩が胸に突き刺さる。「ばかものよ」いばらぎさんは言う。あぁばかものよ。そんなにお金がほしいのか。食うためだけに働き、生きるためだけに生きるのか僕は。 それなら何も。...</description>
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<pubDate>Thu, 27 Jan 2011 11:46:25 +0100</pubDate>
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<title>850：純血思想</title>
<description>スナップショット Bar counter Paris, dec 2010 Zeiss Ikon Carl Zeiss Biogon T* 2/35 ZM Neopan 400 ＊＊＊ 最近おそろしいことがあった。 ヨーロッパの色々な国に住む昔の馴染みがパリに集まって、簡単な同窓会をした。中に一人、東京で学生をしていたころからの知り合いで、現在はフランス人の彼と結婚した日本人お嬢様Aがいた。彼女の話が、あまりにも衝撃的で、あれから数日たった今も、僕の脳味噌は粉々に打ち砕かれたままだ。今日は一度、そのことを書いておきたい。 海外に何年も住む僕らが話すことといえば、日本を一度出た者だけが気付く日本と、それでも日本人というアイデンティティを抱えながら生きて行くことの葛藤がほとんど全てだ。色んな話をするが、結局はお互いにとっての日本との距離を計り合っている。...</description>
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<pubDate>Fri, 21 Jan 2011 00:24:12 +0100</pubDate>
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<title>848：想うこと言うこと</title>
<description>先日谷中で１０年ぶりにばったりお会いして、地元案内までしていただいた天才弁士坂本頼光さんの二人会が、１月１４日に谷中の古本屋で開催されます。ずっとブログなどで応援していて、いつかまた会えたらいいなぁと思っていたら、谷中銀座を歩いていた。ものすごい偶然。頼光さん行きつけの喫茶店で珈琲飲んで、行きつけの寿司屋でちらしランチ食べて、行きつけの古本屋で本を見て、土産に１０円饅頭をどっさり持たせていただいた。 根津の噺家と西日暮里の弁士が。 １月１４日、お時間あればぜひ一度。 何かを想ったり、想ったことを言ったり、ということの力に驚かされてばかり。やりたいと想ったり言ったりしていれば、その時点からドミノが倒れ始めて、いつか必ず巡ってくる。偶然の要因が重大な局面で何度も絡むもんだから、夢の実現を信じることは容易ではないけど、それでもやっぱり実現するものらしい。あてはめるべき方程式は、まともな頭では到底考えつかないような、詩のようなものだったりする。 年末まであれほど寒かったパリが、戻ってきたら１２度もある。日本みたいにまぶしいくらい晴れていた。時差で目覚めた朝３時、青空を待つ。谷中の『まるに』で買った高級茶てづみが温かい。色んな街で、色んな人が、色んなことを想っている、色んなことを言っている。僕も、もちょっと頑張ろう。 今年もよろしくお願いします。...</description>
<link>http://kaname-onoyama.com/blog3/archives/001030.html</link>
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<category>一般</category>
<pubDate>Mon, 10 Jan 2011 05:31:00 +0100</pubDate>
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